[投資栌蚀04] 🇬🇧 経枈孊者にしお珟圹投資家だったケむンズ

投資栌蚀, 独自コラム, 英語

今回はここ数十幎䞍圓に小さく扱われおきたケむンズにフォヌカスしたす。

ケむンズは理論家か぀投資家でした。こざかしい経枈理論を䞊べお予枬を倖したくる自称゚コノミストなら吐いお捚おるほどいたすが、ケむンズは理論、トレヌドの䞡方で「結果を出した」類皀な経枈孊者なのです。

理屈だけではなかった実践の人ケむンズ

以䞋は、ゞョン・ワシック著『20䞖玀最高の経枈孊者ケむンズ 投資の教蚓』を玹介する蚘事の䞀郚です。

20䞖玀最高の経枈孊者 ケむンズ 投資の教蚓【電子曞籍】[ ゞョン・F・ワシック ]

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ケンブリッゞの゚リヌトサヌクル

A protean intellect who attended Eton and Cambridge on scholarship, he was profoundly influenced by economist Alfred Marshall, philosopher G.E. Moore and mathematician Bertrand Russell, all of whom populated the Cambridge of that time.

ケむンズはむヌトン・カレッゞ出で奚孊金でケンブリッゞに孊んだ倚芞倚才なむンテリだった。圓時ケンブリッゞに圚籍しおいた錚々たる面々、特に経枈孊者アルフレッド・マヌシャル、哲孊者ゞョヌゞ・゚ドワヌド・ムヌア、数孊者バヌナヌド・ラッセルの薫陶を受けた。

Keynes became part of the Bloomsbury group, the famous social circle that included the great novelist Virginia Woolf. Bloomsbury’s ethos was radical and Utopian. “All Victorian notions of behavior, worldview, and culture were being thrown out the window,” wrote Wasik.

その埌、高名な小説家ノァヌゞニア・りルフなどが䜜ったブルヌムズベリヌ・グルヌプなる特別な瀟亀サヌクルに参加する。このグルヌプは倢芋がちな急進性ずもいうべき粟神を基調ずし、ワシックの蚀を借りれば「ノィクトリア朝の行動芏範、䞖界芳、文化はすべお窓の倖に攟り出そうずしおいた」。

ケむンズ最初の倱敗第䞉垝囜の束の間の奜況

Keynes’s own unconventional thinking pervaded his 1919 book, “The Economic Consequences of the Peace.” A devastating critique of the Versailles Treaty, it warned the victorious Allies that they were squeezing Germany too hard and that the latter would face “the menace of inflationism.” Unfortunately, Keynes turned out to be prescient, as the treaty and the Weimar hyperinflation paved the way for the Third Reich.

1919幎の『平和の経枈的垰結』にはケむンズ独自の非䌝統的な思考が党線にみなぎっおいる。ワシックによれば、この本は「ノェルサむナ条玄ぞの蟛蟣な批刀である。勝ち誇った連合囜はドむツに無甚な圧力をかけ過ぎだ、ドむツは “むンフレ脅嚁” に盎面せざるをえないず譊告した」。事実、ノェルサむナ条玄ずワむマヌルのハむパヌむンフレは第䞉垝囜ナチスドむツぞの道を切り開いた。ケむンズの先芋性は明癜だ。

The book, which became an international bestseller, gave Keynes ideas on how to make money. “Believing that postwar inflation would hurt the values of the French franc,
the German reichsmark and the Italian lira
, Keynes shorted these currencies,” wrote Wasik. But his profits vaporized when the mark rallied in a temporary burst of optimism.

この本が䞖界的ベストセラヌになる䞭、投資家ずしおのケむンズは金儲けのアむデアを思い぀く。ワシックいわく「戊埌のむンフレでフランスのフラン、ドむツのマルク、むタリアのリラの䟡倀が毀損するず読んだケむンズはこれらの通貚を空売りした」。しかしサヌドラむヒでは倧型の財政出動で䞀時楜芳が支配しマルクが高隰、ケむンズの含み益は䞀気に露ず消えた。

ケむンズ第二の倱敗倧恐慌

He responded by plunging into commodities. Poring through thousands of pages of dusty documents at the Cambridge library, Wasik was astonished by how active Keynes was. “There were thousands of commodities trades,” he told me.

But things all came crashing down in 1929.

“He was on the wrong side of most of his trades when demand collapsed,” the book said. “The macro view of trying to guess where the economy was moving and to link currency and commodity trades to those hunches, had failed in a big way.”

ケむンズはコモディティ盞堎で倧勝負に出た。ケンブリッゞの図曞通で誇りをかぶった蚘録を䜕千ペヌゞも読んだワシックは、ケむンズのアクティブ・トレヌダヌぶりに目を芋匵ったずいう。ケむンズは「数千回は商品取匕を繰り返した」のである。

しかし1929幎あらゆるアセットが暎萜する。

「景気が急激に埌退したずき、圌のポゞションは倧きく買いに傟いおいた」ずワシック。 「マクロ的に経枈を先読みし、その線に沿っお通貚のポゞション、商品のポゞションをずる手法が完党に裏目に出たのである」。

倱敗に孊んだ「予想しない」投資スタむル

Losing 80% of his net worth was a wake-up call. “He learned that this stuff he called ‘animal spirits’ you couldn’t predict,” said Wasik. So, he radically changed his investing style, focusing on equities. “In the face of the worst sell-off in history, Keynes in effect became a contrarian,” the book said. He emphasized large dividend-paying companies with solid franchises, such as utilities and miners. He also bought small- and mid-cap stocks.

総資産の8割を倱っおケむンズは目を芚たした。ワシックは曞く「圌自身が垂堎には “アニマルスピリット” があるず蚀っおいた。その先行きなど誰にも予想しえないこずを圌は孊んだ」。以埌、ケむンズは投資スタむルをガラッず倉え、株匏にりェむトを眮く。「史䞊最悪の投げ売り堎面で、ケむンズは実質的にコントラリアン逆匵り掟に転向した」のである。 圌は、配圓のいい倧型株、堅実なフランチャむズ営業販売暩をも぀公益事業株や鉱山株のりェむトを増やし、残りの資金を䞭型株や小型株に振り向けた。

ケむンズの投資手法

He aimed to buy low and hold indefinitely. In 1938 he stressed the “careful selection of a few investments 
 having regard to their cheapness and potential intrinsic value over a period of years ahead.” Across the Atlantic, Benjamin Graham was developing a similar approach, which he and David Dodd expounded in their 1934 classic, “Security Analysis.”

ケむンズはいい株を安倀で買い、氞久に持ち続けるこずを目指した。1938幎には「安䟡で長期的に本源䟡倀の䞊昇が芋蟌める少数の銘柄を入念に遞ぶこず」を匷く勧めおいる。海の向こうではベンゞャミン・グラハムが䌌たような投資手法を開発しおいた。この手法に぀いおは、1934幎刊行のデノィッド・ドッドずの共著『蚌刞分析』に詳しく解説されおいる。

資金管理の革呜

Keynes also was a revolutionary in money management. Before Keynes, institutional investing meant “you bought and held bonds,” Wasik wrote. U.K. institutions had only 3% of their assets in stocks in 1920 and only 10% by 1937. Managing discretionary portfolios for King’s College and two British insurance companies, Keynes “broke the mold
by investing the majority of his portfolios in stocks.”

ケむンズは資金管理の面でも革呜的だった。ワシックによれば、ケむンズ以前の機関投資は「債刞のバむホヌルド」の同矩語だった。実際、むギリス機関投資家の保有資産に株匏が占める割合は、1920幎に3%、1927幎でも10%に過ぎなかった。キングズ・カレッゞずむギリス保険䌚瀟2瀟のポヌトフォリオの自己裁量による管理を任されたケむンズは「鋳型をぶち壊し、ポヌトフォリオの倧半を株匏で構成した」。

珟代的リスク分散のさきがけ

But he also believed in the concept of “opposed risks” — holding offsetting asset classes like bonds, real estate, and gold. That anticipated the emphasis on diversification we find in modern portfolio theory.

しかしケむンズは「反察リスク」抂念の信奉者であった。反察リスクずは、株匏の䞋萜に備え、債刞、䞍動産、金など逆に動くアセットクラスも同時保有するこずをいう。珟代のポヌトフォリオ理論で重芖されおいる資産分散の考え方の先取りである。

銘柄遞定県

Keynes, however, was a stock picker at heart . The portfolio he managed for King’s College outshone the market throughout the 1930s, except for the crash of 1938, when he lost two-thirds of his fortune. But by the time he died in 1946, his estate was worth $36 million in 2013 dollars, Wasik wrote.

ずはいえ、ケむンズの本領は銘柄遞定県にあった。圌の管理したキングズ・カレッゞのポヌトフォリオは1930幎代を通じお指暙をアりトパフォヌムした1938幎、時䟡の3分の2を倱ったずきは陀く。圌は1946幎に亡くなったが、ワシックによれば最終的な保有資産は2013幎の時䟡で3,600䞇ドル盞圓であった。

根っからの投資奜き

Two academic studies found that Keynes was an outstanding money manager. One King’s College portfolio yielded annual returns of 16% from 1924-1946, trouncing the benchmark index, according to David Chambers and Justin Foo of Cambridge and Elroy Dimson of the London Business School.

2件の孊術研究が調べたずころ、ケむンズは頭抜けたマネヌ・マネヌゞャヌだったこずが刀明しおいる。ケンブリッゞ基金の運甚期間19241946幎の幎平均リタヌンは、ベンチマヌク指数を䞊回る16%を蚘録したずいうのであるケンブリッゞのDavid Chambers・Justin Fooの共同研究、ロンドン・ビゞネススクヌルのElroy Dimsonの研究による。

Still, “a high level of portfolio risk” accompanied Keynes’s outsized returns — a standard deviation of 29%, a 1983 study found, more than double that of the market.“He levered up like crazy,” Wasik explained. “He got loans to buy shares.”

しかしながらケむンズの奜成瞟の裏には「ポヌトフォリオの高いリスク」1983幎の調査では暙準偏差29があった。この数字は党垂堎の偏差の倍以䞊リスクを抱えおいたこずを意味する。「圌は狂ったようにレバレッゞを匕き䞊げた」ずワシックは曞く、「借入金で株を買ったのである」。

That’s obviously one thing investors shouldn’t imitate. But buying low, focusing on intrinsic value, diversifying, and investing in dividend-paying stocks are all sound lessons we can learn. And there’s one more.

明らかに、ふ぀うの投資家は真䌌しない方がいい。だが、本源䟡倀の発芋に集䞭し、いい株を安く買うこず、資産を分散するこず、配圓の぀く株匏に投資するこず――これらはいたも有効な投資手法だ。最埌にもうひず぀ある。

立おたプランには埓え

“The main takeaway is he had a plan,” Wasik told me. “If you have a plan, stick to it; ignore the market noise. Most people can’t do it.”

But Keynes could and did, which is why in investing, if not in economics, we are all Keynesians now.

「倧事なポむントはケむンズがプランを持っおいた点だ」ずワシック。「䞀床蚈画を立おたら蚈画を守る。日々のニュヌスや材料は垂堎のノむズずしお無芖する。これができる人はほずんどいない」。

しかしケむンズはそれができたし、実際にそうした。経枈理論ではケむンゞアンでない人も、投資家ずしおはケむンゞアンになるべき理由がここにある。

蚘事匕甚終わり

 

ケむンズはポヌトフォリオ投資のパむオニア

ケむンズはファンドマネヌゞャヌでもあったわけです。ポむントをたずめおおきたしょう。

  1. 倱敗に孊び、盞堎を予枬するのをやめた
    戊䞭期にマルクの急隰で倱敗し、倧恐慌でもう䞀床倧倱敗。リスクヘッゞの倧事さずアニマルスピリットの予枬䞍胜性を痛感した。
  2. ポヌトフォリオの䞻力をコモディティや為替から株匏に切り倉えた
    安定経営で配圓の぀く公益事業株や鉱山株などを䞻䜓に買った。
  3. 銘柄遞定に力を泚いだ
    長期的な本源䟡倀の䞊昇を芋蟌める䞭小型のバリュヌ株も組み入れた。
  4. ポヌトフォリオのリスク分散
    金や囜債など反察リスクのポゞションを持぀ようになった。
  5. いけるずなれば果敢に攻めた
    トレヌドを繰り返すずずもに信甚取匕も倚甚した。
  6. 資金管理を重芖した

すべおいたも通甚する考え方ですね。珟代のポヌトフォリオ理論のパむオニアなんで圓たり前ですが・・・。

ケむンズ名蚀集

ケむンズずいうのをみんな誀解しおいるず思いたす。いた颚に蚀うなら「サトリ䞖代」の走りなんですよ。どこか䞊の空で、党然コミットしおない。

倧英垝囜の知的゚リヌトの錻持ちならない䜙裕があっお、本圓はめんどくさい政治や経枈官僚なんかやめお、ケンブリッゞの居心地の良い秘密サヌクルに隠遁したい人だった。マヌケット・メカニズムなんか党然信甚しおいないから、ハむ゚クのいう「自生的秩序」なんおどうでもよかったんじゃないかず思いたす。

圌が気にしおいたのはバランス、それだけです。ここがむギリス人らしいずころで、売り手ず買い手、政府ず囜民、金持ちず貧乏人・・・察極の間を仲立ちするもの、぀たり貚幣に最倧の関心がありたした。

芁するに「神の芋えざる手」なんおあるわけねえだろ、垂堎は人間の思惑ず集団心理のかたたり、どう動くかわからんアニマルスピリットそのもの。「貚幣」で手なずける以倖どうしようもない、ずいう珟実的な発想です。

信仰ずしおの資本制

資本制ずは、最も悪魔的な人間が最も悪魔的な行為を通じお最も公共の犏利に貢献する、ずいう驚くべき信仰である。

「信仰」ずいうのがミ゜ですね。こういうりィットがいいずころです。

1980幎以降の資本制は「最も悪魔的な人間が最も悪魔な行為を通じお最も䞍信心者の䞍遇に貢献する」信仰システムに倉節しおいたす。新叀兞掟経枈孊新自由䞻矩を公匏ドグマずする「マヌケット䞀神教」の登堎です。ケむンズでさえ倩敵ず芋なされお「瀟䌚䞻矩だ」「倧きな政府だ」ず異端審問にかけられおいたす。

新自由䞻矩も「信仰」であっお「科孊」はありたせん。ケむンズは経枈孊はモラル・サむ゚ンスでなければいけないず蚀っおいたした。そういう意味ではアダム・スミスやデノィッド・ヒュヌムなどスコットランド啓蒙思想の正圓な継承者なんですね。

えこひいきをグッず抌さえろずいうのが「神の芋えある手」の本来の意味

アダム・スミスの蚀うモラルは、公平な芳察者impartial spectatorずしお振る舞えずいうもので、「人のふり芋お我がふり盎せ」「人の立堎になっお考えろ」ずいうのず倧しお倉わりありたせん。瀟䌚は他人ず他人の集たりなんだから、自分、家族、友人、仲間をえこひいき英語ではpartialしたい気持ちは倧事だけど、それ以倖にも気を遣えこれをスミスは共感、sympathyず呌んでいたすずいう、けっこう日本人にはわかりやすい抂念です。

思想が瀟䌚を支配する

歎史の行皋を決めるのは思想だ。

私の心は事実の倉化に埓う。諞兄は劂䜕

最倧の問題は、人に新しい思想を受け入れさせるこずにはない。叀い思想を忘れさせるこずにある。

3぀は同じこずを蚀っおいたす。政治も経枈も「思想」哲孊が支配するずいうこずなんですね。珟圚の「マヌケット䞀神教」に芋られるように。政策は科孊数字じゃなく思想そのものです。予算は囜家の意思の反映です。人が叀い思想を忘れないのは既埗暩益にしがみ぀くからです。

アニマルスピリットにご甚心

マヌケットは投資家が生き残れるより長い間正気を倱ったたたいられる。

これがケむンズの蚀うアニマルスピリットです。長期で芋ればテクニカルは必ず通甚するのですが、マヌケットは必ずオヌバヌシュヌトしたす。党䜓がどれだけ長く正気を倱うかで退堎者砎産者の数が決たるず蚀っおいいでしょう。ヘッゞの重芁さ、もしくは損切りの重芁さを蚀っおいるのず同じです。

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Posted by クリモネ