リニューアルしたサイトの最下部に、私クリモネは一つの言葉を置いた。
"Anyone Who Knows What Love Is (Will Understand)"
元ネタに気づいた方もいるかもしれない。1964年にアイマ・トーマスが歌い、後に多くのアーティストにカバーされたソウルミュージックの名曲『Anyone Who Knows What Love Is (Will Understand)』の歌詞をサンプリングしたものだ。
原曲で彼女はこう歌う。
» Listen on YouTube: Irma Thomas - Anyone Who Knows What Love Is
世間から見れば、愚かで、狂気じみていて、今すぐやめるべき関係。それでも、当事者にしか見えない絆と真実がそこにはある。
この歌を聴いたとき、私は強烈に「相場」を、記憶の中の「トレーダーの孤独」を連想せざるを得なかった。
平穏な日常を生きる人々から見れば、きっと先物トレードはギャンブルにしか見えない。
画面の数字に一喜一憂し、莫大なリスクに身をさらし、時に手痛い損失を被りながらも再びマーケットへ向かうトレーダーたち。
理解しがたい狂気、射幸心、あるいは単に安易な金儲け願望に映るだろう。
「なぜそんな危険なことをするのか」
「普通に働いたほうが確実ではないか」
周囲の冷ややかな視線、あるいは親切心からの忠告。
それらを受け流しながら、我々は今日も静かにチャート向き合う。
なぜか。
我々は知ってしまっているからだ。
「平均からの乖離と平均への回帰」が描く美しいサイクルを。
欲と恐怖のせめぎ合いの果てに、一瞬だけ現出する完璧な「極値」を捉えたときの至福を。
極値から素早く平均に戻っていく、あの愉悦に満ちた時間の流れを。
これらは、核心にある規律(ルール)を徹底的に守り抜いた先にしか手に掴めない。
聖杯はどこにもない。淡々と観察し、時の満ちるのを待つ。頼りは手法と己の決断だけだ。
それだけではない。
我々は知りたいのだ。理解したいのだ。相場というリアルな現場を通じて、この世界を。
いま世界は何を感じ、どこへ行こうとしているのか。
時に市場は残酷な牙をむく。ショートポジションを持ってさえ、ヘドを吐きたくなるような奈落への落下。
呆れるほど、これでもか、これでもかと昇りつめていく絶頂への邁進。
恐ろしさと楽しさと気持ち悪さが同居する中、それらをすべて凌駕する絶対的な美しさを見せる瞬間が訪れる。ほんの束の間でも。
こうした特権的な体験は、実際に身銭を切り、自らの精神を極限まで削りながらマーケットの深淵を覗き込んだ者にしか得られない。それは禅の修行にも似た苦行と鍛錬の賜物だ。
周囲に理解してもらう必要はないと思う。
市場ほどありありと、生々しく、この世界の本当の姿を教えてくれるものはまたとない。
それだけで、ありがたいではないか。
"Anyone Who Knows What the Market Is (Will Understand)"
(市場が何たるかを知る者だけが、理解する)
このサイトは、そんな「知ってしまった」人々のための場所である。相場の方法論や最新のクオンツ論文に触れることもあれば、今回のように、相場以外の、たとえば音楽や歴史や哲学の世界から得られる知見や、私の手法との共鳴関係を扱うこともある。
市場は「不死の時間と貨幣」(人間の仮構)を通じて無情なエントロピーに抗う。切ないが健気なトポスだ。私はおこぼれを頂戴するだけで満足を覚える。